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バカは死ななきゃ治らない

 投稿者:すが  投稿日:2017年 6月19日(月)16時39分39秒
返信・引用 編集済
  森友学園、加計学園て、野党はなんであんなに騒いでいた訳?

mixiでもどっかの政党から委託受けたバイトみたいのが騒いでいて、何処が問題なんだ?と聞いたら、問題があるから騒いでいるんだろう、と言うので法律的にどう問題なの?ねえ教えて、教えてとしつこく聞いたら俺の米勝手に消して逃亡しやがった。

「組織的犯罪処罰法改正案」いわゆる「共謀罪」が成立したらとたんに静かになって、野党もマスコミも要はただ単に潰す為の言いがかりだったのだろう。
そして今度は自民党の支持率が下がったと印象操作に励んでいる。

俺はイラクの人質事件の時の北海道新聞の社説を読んで

「これを書いたやつはキチガイか!」

と思い購読をやめた。
もうその頃にはネットをやっていたから、テレビやラジオも聴かなくなった。

そうしてみると如何に日本のマスコミってのがクズかというのが良くわかった。
自分たちの思想の押しつけのための機関である。

外国のマスコミも似たようなものらしいが、違うのは国民がマスコミを信用していないという点らしい。

彼らマスコミがこんなに偏った思想をずーっと言い続けて来れたのは、マスコミがネットの世界と違って一方通行で、読者や視聴者の批判に晒されないからだ。

勿論反論や批判は届くだろうが、自分たちに都合が悪いことを取り上げる訳が無い。
都合の悪いことは報道しない自由を行使する。
挙句の果てには朝日新聞の従軍慰安婦の様に捏造さえする。

裏取りさえしていない嘘を吐き散らかす。
彼らはネットの情報なんて便所の落書きみたいなものだと言うだろうが、裏取りもしない情報を載せてるんなら、お前らの報道だって便所の落書きみたいなものだろう。

そういやどっかの新聞の社主が

「新聞が真実を書かなければならないという法律は無い」

と開き直って居た。

北海道新聞を定年退職した記者がブログを開設し、例のごとく偏向した記事を書いた。
たぶん社説を書いたりする人だったのだと思うのだが、ネットであるから当然反論が来る。
その結果、コメントは会員しか書き込めないようにしてしまった。

こいつら他人には激しく攻撃するが、反撃されると弱いんだなあ。
ネットの世界にはなんぼでも論客がいるから。

自分の意見が絶対に正しいんだ、お前らはマスコミの言うとおりに考えていれば良いんだという偉そうな考えが、ネットの世界でも通用すると勘違いしていたのだろう。

こういう選民意識が腹立たしい。

俺にも頭が付いていて、曲がりなりにも脳みそが入っていて自分で考えることが出来る。
情報の素材は加工された新聞やテレビ、ラジオではなくネットの中に転がっている様々な一次情報と思われるものを探し、いろんな視点から見てみる。

がんのマーカー検査なんかはあんまり精度が高くはないが、何回も検査することによって精度が上がってゆく。
沢山の情報を集めて判断してゆけば、朧に真実らしきものが浮かび上がってくる。

しかし日本のマスコミの偏向した記者たちも又被害者といえるのかも知れない。
我々団塊の世代なんて、教師からして左翼が多かった。
社会科の教師なんてほとんどだろう。

俺も北海道新聞という北の朝日新聞なんて揶揄される新聞をずっと読んでいたから、見事心情左翼になりました。
こういうのは洗脳ではなく刷り込みというらしい。

洗脳は暴力をもって思想を植え付けることであり、刷り込みは幼い頃から思想を教えつづける。
「お前は将来医者になるんだ」と言われ続けた医者の息子が医学の道に進むとか。

そういう人間も社会で働き始めれば少しづつ思想が変わってゆくのだが、学校とかマスコミとか政党とか同じような考えを持った人間が多い閉ざされた世界にいると、思考放棄が起こってしまう。

例えば宗教なんか良い例だ。
全託といって、自分で考えず指導者の教義に従うことで自分が空になり楽になれる。
これも思考放棄だ。

人は何故思考放棄をするのかというと、逆に、思考放棄するからこそ人は生きていられるのだと思う。

幼児は眠る時間が多い。
遊んでいる最中にも寝落ちしてしまう。

これは幼児には外部からの刺激を整理する回路が不十分だからだ。
プログラム制御で言う「こういう情報が来たらこういうふうに処理する」というサブルーチンの数が足りないのだ。

だから脳は情報処理を一時的に放棄してシャットダウンし、それ以上情報が入らないようにする。

しかし成長するに連れ脳のサブルーチンがたくさんでき、それぞれ勝手に情報処理をしてくれるからそんなに眠らなくとも良くなる。

つまり脳のメインルーチンは繰り返し何度も入ってくる刺激に対しては思考停止をしてサブルーチンに放り投げ「やっといてね」とやることにより、新たな刺激に対応できるのだ。

憲法9条があるから戦争が起こらない、人殺しの機関である軍隊なんか要らないと言っている人たちも子供の頃からの刷り込みによってそうなったので、今更考えを変えることは出来ないだろう。

ネットも出来ない世代だから、マスコミの加工された情報しか知らないし。
でも宇宙の摂理でどんどん数は少なくなってゆくのは確実なので、少し時間はかかるが日本も変わって行くのではなかろうか。
 

まさかこんな近くに

 投稿者:すが  投稿日:2017年 6月18日(日)12時17分55秒
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  昨日は純子が寿司を食べたいと言うので増毛に行った。
「鮨 居酒屋 忠」の寿司はやっぱり美味しく、3時間かけて走った甲斐があった。
増毛駅の傍にも「寿司 忠」という店があるのだが、系列のお店では無いようだ。

高倉健主演の「駅 STATION」の舞台に成った昭和8年に建てられた「多田商店」は現在増毛観光案内所になっていて、中に居酒屋のセットが作られていて、映画の写真や小物の販売をしていた。

そこで「オロロンまっぷ 増毛さんぽ道」という観光案内パンフレットを手に入れる。
これを見ると増毛には津軽藩の陣屋が置かれていて、別苅漁港傍の高台には北方警護のための大砲が備えられていたらしく、現在そのレプリカが置かれているとあった。

何回も増毛に来ているが、まだ行ってないところがあるものだ。

増毛と留萌を結んでいた鉄道は廃止されたが増毛駅舎は残っており、鉄オタらしき人たちが写真を撮っていた。

土曜日ということもあり、観光客やライダーがたむろしている。
昔の建物を改造して小洒落た喫茶店やライダーハウスみたいなものも作られていて、ちょっとした観光地の様になっている。

このまま同じ道を引き返すのもつまらないという事で、留萌まで行って無料の自動車専用道に乗り「北竜ひまわり」で降り国道275を走る。
「道の駅 サンフラワー北竜」で温泉に入る。

温泉から出て純子を待つ間ホールに貼られている写真を見る。
すると温泉の建物のバックに暑寒別岳が写っているのだが、書かれた説明によると6月頃に山に張り付いた残雪が龍の模様になるので北竜町とか雨竜町とか名付けられたらしい。

更に走って「道の駅 田園の里 うりゅう」に寄りソフトクリームを食う。
ここのバニラはとても美味しいのだ。
雨竜湿原の写真パネルが展示されている部屋があるのだが、「これは一度は行ってみなければ」と思わせるほど美しい場所だ。

でも夏場は駐車場がびっしりらしい。
雨竜湿原は尾瀬の次に広い湿原との事。

16時頃家に着いたら娘の明日香一家が居た。
娘達はずっと家を探していたのだが、我が家の玄関を出て30秒ほどの所に空き家があり、そこを買うかどうか下見に来たのだ。

その家を借りていた奥さんとは顔見知りだったのだが、今年の3月に急遽旦那が滝川に転勤となり17年住んだ家をでることになったのだ。

奥さんの話では家主が修繕を何もしてくれないものだから、屋根はすが漏りしてるし壁もカビだらけで、出た後は壊すしか無いだろうと言っていた。

結局娘はここを買うことにしたらしい。
基礎と柱だけ残してリフォームするようだ。

親子はスープの冷めない距離に住むのが良いというが、スープぐつぐつ状態である。
 

何故か気になる

 投稿者:すが  投稿日:2017年 6月14日(水)11時40分16秒
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  我が家は良く旭川にラーメンを食べに行くのだが、国道275号線を走ることが多い。
札幌から275を北に走って新十津川町に入ると、正面に開拓記念館のある中央公園がある。

275はそこで左に曲がるが、その角に古びた家が一軒ある。
知り合いでも無いのに何故か我が家はそこの住民に親近感を抱いていて、そこを曲がるときにはしっかりと観察しながら走る。

最初にそこの住人を見たのは5年以上前の事で、夕方玄関先でおじいさんが椅子を出して涼んでいた。

家の様子からして絶対年寄りが住んでいるなあとは思っていたが、案の定であった。
おそらくこどもたちもとうに独立し都会で働き、それぞれ家庭を持って

「爺さんももう歳だし、一緒に暮らさないか。」

と言ってくれているのだが、頑固者の爺さんは

「わしは都会なんぞに住みたくない。」

と頑なに拒んでいるのではないかと推察される。

その次にそこを通ったら、カートと一体化した婆さんが家の玄関の所に居た。
近くのスーパーで買い物をしてきたらしい。
何だ爺さん独りじゃないんだ。
二人暮らしなら、どちらかに何かあってもなんとかなるだろうと安心する。


その次に見たら家の前に電動三輪車が置いてあった。


「婆さんレベルアップしたじゃないか。カート押すのも大変になってきたんだろうなあ。」


純子と話し合ってそういう結論に達した。


数年後通った時には電動三輪車が見当たらなかった。


「ああ、婆さん呆けて施設に入ったか、転んで骨折して入院したか、下手すると死んじゃったな。」


と思った。

そしたら今年の春通ったら、家の裏手に小さな畑があるのだが、そこで爺さんと婆さん揃って畑を耕していた。

婆さん勝手に殺して済まなかった。
 

もってけセーラーふく

 投稿者:すが  投稿日:2017年 6月13日(火)13時07分19秒
返信・引用 編集済
  ついこの間買ったキーボードがもう壊れた。
やっぱり無線式のはダメだ。
それで琴似の発寒川の橋の傍にあるPCNETに買いにゆく。

着いてみたら開店まで30分ほど早かった。
前回も同じことしてたなあ。

それで橋の上で川を眺めて時間を潰すことにした。
段差になった魚道があって白濁した水が流れ落ちている。
その縁のコンクリートにサギとカモメが魚を狙っていた。

更に下流の方に釣り人も居たから、何らかの魚は居るらしい。
札幌は今や200万都市になろうとしているが、こういう自然が残っているのが良い。

そうしているうちに店のシャッターが開いたので一番乗りで入る。
今度は普通のキーボードを買った。

いろいろなジャンク品が面白いので見て回っていたら、聞き覚えのある音楽がかかっていた。
たしかこれは、今のベビーメタルの三人がまだ「さくら学院」に居た時に、父兄発表会で踊ってた曲じゃなかったか?

曲名は「もってけセーラーふく」だったような。
しかし曲調が全然違う。
するとこの曲はさくら学院のオリジナル曲じゃないのかと調べてみたら、テレビアニメ『らき☆すた』のテーマ曲だった。

ちなみにB面は「かえして!ニーソックス」というらしい。

純子は昨日から又学校に通い始めた。
病院の食事がものすごく不味かったらしく、随分痩せて帰ってきた。

胃が小さくなってしまったらしく、あんまり食欲が無かったが食べないと回復しないということで無理して食べたら昨日あたりから良くなってきたらしい。

俺の方は未だにダイエットをしている。
72キロあったのが66キロ台まで落ちた。
あと1から2キロくらい減らす予定。
きつくて穿けなかったズボンを取っておいて良かった。


 

ついに入院

 投稿者:すが  投稿日:2017年 6月 2日(金)17時51分26秒
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  純子が入院した。

なんか何時まで経っても治らないどころか、更に血液検査の数値が悪化し、ヨレヨレ状態になってしまって、病院に行ったら胸のX線写真を見ながら医者が

「この肺の影が気になりますねえ。CT撮った方が良いかな。」

等と言うものだから、純子は若しかして肺がんかもと思ったらしく

「私もう長くないの、、、美人薄命って言うでしょ。」

なんて気弱いことを言うもんだから、そんなことは絶対に無いと思いつつも心臓がドキドキしてきて憂鬱な気分に陥ってしまう。

それで紹介状を貰って琴似の病院に行ったらすぐにX線、CT、血液検査等されて、結局ただの肺炎で間違い無しとの結論となり、一日2回の抗生物質の点滴での投与となり、予定では一週間ほどの入院となるらしい。

学校は休まざるを得ないが、一週間ならなんとか補修でつなげそうだ。
しかし若し純子が先に逝ったらなんて考えたら、やっぱり耐えられないなあとしみじみ思う。

大体旦那が先に逝くと妻は長生きするが、女房に先立たれた夫は後追いするみたいにすぐに死んでしまう。
 

肺炎だった

 投稿者:すが  投稿日:2017年 5月26日(金)12時33分29秒
返信・引用 編集済
  純子の風邪が全然治らないので、もう一度病院に行ったら肺炎だった。

良く風邪をこじらせて肺炎になったとか言うけれども、風邪と肺炎は別物の様で、肺炎はウイルスや細菌が肺に入って炎症を起こすもので、たまたま風邪をひいて細菌に対する抵抗力が落ちている時にそういうものが肺にまで入って、炎症を起こしてしまうということらしい。

入院するほどでは無いという事で、とりあえずは薬を飲みながら通学している。
しかし肺炎はがん、心臓病についで三番目に日本人の死亡率の高い病気なのだそうだ。
特に高齢者がかかりやすい病気との事。

冬の間にスズメ達が餌台から周囲の雪の上に撒き散らしたひまわりの種が、雪が溶けて堆積し、それを畑作りのために耕したらひまわりの芽がわんさか出てきた。
手で土をほじくってみると土の中でもやしの塊のようになっている。

栴檀は双葉より芳しと云うが、ひまわりの芽もその成長した姿のように双葉の下の土に埋もれている茎の部分がすごく太くて長い。
これ引っこ抜いて捨ててしまっているが、洗って食べられるんじゃなかろうか。

畑にトマトの苗を植え、添え木を立てたら30羽くらい来ていたシメが来なくなった。
シメはスズメのように添え木の間を自在に縫って飛べないのかもしれない。
身体がコロンとしていて翼も小さいし旋回性能悪そうだ。

旧日本陸軍戦闘機でいうと「中島 二式単座戦闘機 鍾馗」かな。
迎撃目的なのでスピードと上昇能力重視で、爆撃機用の大型エンジンを無理やり乗せたため胴体が太く、その割に主翼が小さいので旋回性能が悪い。

それにしてもゼロ戦に比べ、鍾馗の主翼前に来すぎじゃないか。
よっぽどエンジンが重たいのだろう。
 

バガス

 投稿者:すが  投稿日:2017年 5月21日(日)13時41分36秒
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  12日から純子は研修に通い始めたのだが、教室が寒いらしく風邪をひいてしまった。
それでも試験があるので薬を飲みながら勉強をしている。

借りている畑に植えたピーマンに水をあげに行かなければと思っていたら、純子も大根の種を蒔きに行きたいと言う。

熱があるのに大丈夫かいと思ったが、本人が大丈夫だというので一緒に出かけることにする。

オレがピーマンにたっぷり水をあげている間に純子は種を蒔く。
畑の所々に昨年植えたとうもろこしの枯れた茎が顔を出しているので引っこ抜く。

まとめた物を純子がゴミ袋に詰めている。
太陽光で腐らせて堆肥にしようという作戦らしい。
そんなもんで腐るかなあ?と思う。

ブラジルでサトウキビ搾汁後に大量に出来る残渣(バガスという)の処理に困っているってんで、アントニオ猪木の会社アントンハイセルがブラジル政府と共同でバガスを飼料に再生し牛を育て、牛糞肥料を作るという事業を始めたが失敗して莫大な借金を負っている。

家に帰ってきて調べたら今はバガスを紙の原料にしたり、ボイラーの燃料にしたり、板にしたりしているらしい。

アントニオ猪木はアントントレーディングっていう貿易会社も経営していたんだけど、1970年代にアメリカのマキルへニー社と日本での代理店契約を結びタバスコを販売するようになった。

タバスコは昭和20年代には日本に入っていて喫茶店やレストランで使われていたが、一般に広めたのは猪木というのは本当らしい。

 

 投稿者:すが  投稿日:2017年 5月10日(水)08時39分57秒
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  日本の兜にはいろいろなデザインがあってそれぞれに美しいが、中でも群を抜いているのは織田信長、豊臣秀吉に仕えた武将、蒲生氏郷(がもううじさと)の燕尾形兜(えんびなりかぶと)だと思う。

この兜を模した衣装が2015年のBABYMETALのポスターでも使われているが、世界の人はこれが420年以上前に作られたデザインとは思わないだろう。

ポスターのために現代アーティストが作った作品だと言っても疑われないくらい、洗練されていて美しい。

https://www.google.co.jp/search?q=%E8%92%B2%E7%94%9F%E6%B0%8F%E9%83%B7%E5%85%9C&client=firefox-b&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ved=0ahUKEwisj-aWrtzTAhUIgbwKHUAEAg4QsAQIJQ&biw=1539&bih=969#imgrc=nCM6Qq3hHw0VjM:
 

ドウモイ酸

 投稿者:すが  投稿日:2017年 5月 9日(火)08時36分55秒
返信・引用
  昨日はヒッチコックの「鳥」をテレビでやっていたのだが、我が家の窓の外でも30羽くらいのカワラヒワ、シメ、スズメ、シジュウカラが常に乱舞している状態で、我が家とおんなじじゃないかと思う。

昨日なんか朝カーテンを開けたら30羽ほどのシメが電線に留まっていて餌を狙っていた。
一羽が餌台にダイブすると次から次へと舞い落ちてきて餌台が鳥だらけになっていた。
ヒッチコックの「鳥」の様に怖くはないが、かなりすごい風景である。

ヒッチコックの映画「鳥」は、1961年にカリフォルニア州キャピトラの町で起こった事がヒントになっている。

この日、町の住民は屋根の上でハイイロミズナギドリが騒がしいことで目が覚めたが、見ると道路が鳥の死骸でいっぱいになっていた。

ハイイロミズナギドリがドウモイ酸(Domoic Acid)という記憶喪失性貝毒を持った貝、イカ、カニなどを食べたのが原因だった。

1987年にもカナダのプリンスエドワード島で養殖のムール貝を食べた人が中毒を起こし、4人死亡、12人が重度の記憶障害に陥った。
その原因もムール貝に含まれていたドウモイ酸だった。

ドウモイというのは徳之島での紅藻ハナヤナギの呼び名で、以前から駆虫薬として使われており、それからドウモイ酸を分離して命名したのが醍醐皓二という日本人なのだそうだ。

異常繁殖した珪藻が活動を停止する時にドウモイ酸が作られ、それを食べた貝やらカニやらによって生物濃縮されていく。

人の致死量は体重60kgの人で300mgで、煮沸しても毒性が消えないから食事で中毒になってしまう怖い物質だ。

http://www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/poison/animal_det_11.html

きっと我々も知らないうちに身体に取り入れて居るのだろう。
量が少ないから死なないだけで。



 

5月4日

 投稿者:すが  投稿日:2017年 5月 8日(月)09時37分20秒
返信・引用
  純子が忠別ダムを見たいと言うので、天人峡に向かって走る。
何年か前に逆方向から走っているから忠別ダムは見た事がある。
取り立てて見どころがあるわけでも無いのに、何を思いついて見たいと言ったのか解らない。

純子が道の駅で貰ってきたパンフレットによると、忠別ダムは複合ダムだという。
複合ダムというのは重力式コンクリートダムとロックフィルダムを組み合わせた珍しいダムで、日本には3箇所しかない。

見れば確かに手前はコンクリートで出来ていて、向こう側はロックフィルダムであった。
こういうふうに作るのにはどういう理由があるのだろう。
ロックフィルで全部作るには岩の量が足りなかったとかか?

https://www.google.co.jp/maps/uv?hl=ja&pb=!1s0x5f0cd080963bff17:0x3eab67ebb6c14c63!2m19!2m2!1i80!2i80!3m1!2i20!16m13!1b1!2m2!1m1!1e1!2m2!1m1!1e3!2m2!1m1!1e5!2m2!1m1!1e4!3m1!7e115!4shttps://en.wikipedia.org/wiki/Chubetsu_Dam!5z5b-g5Yil44OA44OgIC0gR29vZ2xlIOaknOe0og&imagekey=!1e1!2shttps://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/2/2a/Chubetsu-134-r1.JPG/220px-Chubetsu-134-r1.JPG&sa=X&ved=0ahUKEwj1lYiP5NzTAhVFHpQKHewwDgwQoioIfjAK

ダムも見てしまったので帰ることにする。
先日仲間で行った白金温泉に行こうかとも考えたが、混んでいそうだし。

どうせ帰るならと、増毛に寄って鮨を食うことにする。
旭川から多度志を通って沼田に行く。

昔起こった北海道のヒグマ被害では苫前三毛別や札幌丘珠と共に沼田町の事件も有名だ。

http://higumapanasi.blog.fc2.com/blog-entry-3.html

ヒグマは恐ろしい。
ヒグマは蛇を怖がるみたいな話も聞いたが本当だろうか。

あとで調べたらこの惨劇のあった場所は雨竜郡沼田町幌新で、何年か前に訪れたホタルで有名な場所だった。

一方知床では漁師が仕事をしている河口で、ヒグマが鮭を捕らまえて居たりする。
食料が十分にあれば、むやみに人を襲ったりはしないのだろうか。

沼田から無料の自動車道で留萌に向かう。
流石に車が多い。

留萌の海水浴場から暑寒別岳が見える。
陽光を浴びてきらきら輝く海が広がっていて、その向こうに見える暑寒別岳の白い山並がきれいだ。

増毛は人が一杯で増毛駅の無料駐車場もびっしりで車を駐められない。
増毛にこんなに人が溢れているのを見たことがない。

仕方ないのでどうせ入るのだからちょっと早いが「鮨 居酒屋 忠」の駐車場に駐めることにする。

行ってみたらもう営業していた。
いつもは11時40分位に開くのだが、この日は早めに店を開けたらしい。
考えてみたら一年に何度も無い稼ぎ時なんだから気合も入る。

この所二週間に一度くらいのペースで、しかも開店と同時に来ているので顔を覚えられて「いつもありがとうございます。」と言われたりする。

今回入ってみたら店員が申し訳なさそうに「混んでいて一時間ぐらいかかります。」という。
どうしようかと思って純子に聞いたら純子は待つという。

まあ何時間もかけてやってきたのだから、すごすごと帰るわけにも行かない。
一緒に店に入ってきたカップルは諦めて出ていった。

テーブルに座って待っていたら注文を聞きにやってきた。
いつもの通り並生握りを頼んだら

「チラシなら早く出来るんですが、、。」

と言う。
でも純子はきっぱり拒否して握りを注文する。

ここは職人の親父が一人で鮨を作っている。
チラシなら具を載せるだけだから手間がかからないので、店としてはチラシにしてもらいたいのだろう。

あとで純子に聞いたところによると、純子がトイレに行く時に見たら職人が「はあーっ」と深いため息を付きながら鮨を握っていたという。
我が家のように何が何でも握りじゃなきゃ嫌だという客も居るからな。

結局一時間ほど待って鮨を食べたが、いつもより握りが甘かった。
握力が無くなっていたのかも知れない。

申し訳ないと思ったが、彼にため息を付かせたのは非情な我が家の所為だけで無く、向かいに座っていた家族もやっぱり握りを頼んでいたのだ。
申し訳ないから、又近々暇そうな時に食べにゆくことにする。

久しぶりにちゃんとした食事を攝ったので太っただろうなと思いつつ、家に帰って体重を量ってみたら変わらなかった。
ここの所体重があまり落ちない停滞期に入ったみたいだ。
あまり食べて居ないんだけど。

今の体重って急激に太った去年の正月前に何年も維持していた体重なのだ。
何か身体に体重の記憶が刻まれていて急激に太った分はすぐに落ちるが、長い間継続していた体重まで下がると、それをキープしようとしている気がする。

 

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