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カオスの始まり。

 投稿者:sin  投稿日:2012年 7月26日(木)10時45分19秒
  いつの世も人の心の反映と写る。あらゆる困難も人の心の鏡であると思う。
家庭内のトラブルも、いじめ事件も、中国の横暴さも、アメリカの軍事支配も。。
それが人間の作り上げた世間という、コミューンでもある。
本当に人は、これを作り上げたかったのか?確かに法という規制は必要だ。
でもその法が一人歩きするのも、またこの世。
何が正しくて、何が間違いかさえ、思考出来なくなるような今の世。
権力、法、人心、そして自然。。。平和とは何のことを言うのか?
シャッフルしても、濁水は清水には成らない。
余りにも微細な汚れが、世間に蔓延っているのも事実。
これが本当に私たち人間が求めていた世界なのか?
傲慢、罵り、卑屈、臆病・・ あらゆるマイナス要素の中で価値観を求めている。

人はもっと崇高な意識で生きて来たのではないのだろうか?
人心の中の本質である生存競争の中にでも慈悲はあるはず。
苦しくても悲しくても共に手を携え生きてゆく知恵は備わっているはず。
種の存続という自然の摂理の中で人はあらゆる生き物と共存できる知恵はあるはず。
唯我独尊で生きる事のむなしさ、孤立で生きる寂しさ、横暴で生きる苦しさ。
その全ての中に共に手を取り苦しみから這い上がる強さを排除する意識の汚濁がある。
もっとシンプルに考えたらいい。何が自分にとって幸せなのかを考えてほしい。

現代人は常に恐怖感にさいなまれている。その恐怖感を植えつけたのは一体誰なんだろう。
答えは全て自分の中にある。得体の知れない恐怖感を事実として捕らえる事が恐怖感を増大させる。
恐怖は人を萎縮させ人の生きる道さえも閉ざしてしまう。何が事実で何が間違いかを見極めれば答えは明確。
ほんの少しの勇気さえあればその恐怖は消え去ると思う。その勇気さえ出せば・・・
 
 

抽象的な詩 「旧約聖書のノアのように」

 投稿者:sin  投稿日:2011年 7月22日(金)17時06分43秒
  聖的な物は常に同じ色で表現される。光、輝き、無垢、不戦・・・

全ての色を合わせたら、そうなるのだから

なら全ての意識を含んだ存在? 多分そうだろう

凡人には到底理解しがたい、聖なる光をそなえているのだろう

未来は今よりずっと過酷な時代となり、凡人では変化を築きあげる事はできない

全ての光を持つ存在でしか、輝く未来を紡ぐ事はできない

だから未来は、凡人の夢見るような未来とは違うだろう

世の中が荒れ、本当のメシアを求める時代

その中の闇の一隅を照らす、そんな1つの光となるんだろう

もしそれが宿命なら、その存在は宿命を必ず全うするのだろう

それが本当のメシアとなれば、この世は穏やかな平安に必ず導かれるだろう


道は険しくとも 嵐の中でも 酷寒の中でも 酷暑の砂漠でも

信じる物さえ見つけさせれば それはその中に目覚めるだろう

言葉でもなく 祈りでもなく 願いでもなく 五感の先でそれは生まれるだろう

目覚めるまで 立ち上がるまで 行動するまで 表現するまで

全てを記憶させ 全てを受け入れ 全てを見守り 全てを慈しみ 全ての愛で守り抜いてほしい

必ず来る喜びを信じ 必ず来る旅たちを信じ 必ず来る自立を信じ 必ず来る自分自身の笑顔を信じ

決して揺らがず 道を歩ませて欲しい それが貴方自身の宿命なのだから
 

変えられない事実

 投稿者:sin  投稿日:2011年 7月15日(金)11時11分18秒
  人生の中で、どうしても変えられない事実と言うものは誰にでもある。
自分が両親の間に生まれたと言う事実、男として女として生まれた事実等、色んな事実がある。
自分が思ってもいない状況になる事は、誰でも経験しうる人生の因果律である。
自分自身の中でも幾つもの苦難(苦難と言えるのか?)が人生の中にあったが、結果論とするのにはまだ早すぎる。
誰の人生でもそんな事はあって当たり前のこの世の中、震災被害者も被災していない人も然り。
9.11テロの被害者も、米軍の爆撃で死んだ人たちも然り。太平洋戦争で死んだ人も、空襲で死んだ人も然り。
自分の思っていた世界が一瞬に崩壊する事は、人生を生きている中では誰だって体験してゆく物だから。

人は弱いもの、だから夢を紡ぎ生きてゆきたいと思う。でも夢はあくまでも夢・・そこには現実が待ち構えている。
描いた楽園は一瞬の時間の断片であって、流れる時間の中でその楽園の風景は写真の1枚に等しい。
その一枚を全てと思うのなら、その楽園は決して永続出来る事はない。絵には時間が無いのと同じように。
生きると言う事は時間の継続で成り立つもので、決して時間の外にある物ではない。
時間の中で起こりえる事は全ての人に平等に降りかかる。善しにつけ悪しきにつけ、全ての人に降りかかる。
「諸行無常」いくら善行を行っても、いくら善を積み重ねても、全ての人に降りかかる災いはある。
それは人それぞれに違う災いであっても、その人個々に災いと思うだろう。でもその中で人は生き続けている。

災いと思うのは「人の心」であって、世間では成り得る可能性を秘めていた事がただ表に出ただけと言える。
「因果律」と言う言葉は「全ての原因があった事が、総じてその表れた結果となる。」と言う意味である。
ただそれだけである。カルマとか前世の因縁とか、オドロオドロとした物ではない。一番シンプルな答である。
原因の無い結果は生まれない、この黄金律さえ自分の中に取り込めば、自分の悲しみは克服できるだろう。

視点を変えて物事を見ると、現状が思ったよりも違う事を理解するだろう。
プラスの面とマイナス面を角度を変えてみる事によって、正負が逆になる事が多い。
人間には、普通とか普遍とかと言う事に囚われている人が多いと思う。でも普通と言う定義はなんだろうか?
「ごく一般的」とかと言う概念は、何となく理解しているつもりだ。「総てではないけど、総体的に」と言う意味なんだろう。
でも普通と言う言葉はこの歳になっても、まだまだ理解できない。第一、定義がない物をどうして肯定できるのか?
反対を感じる事が、正当をより深く認識するようになると思う。決まりは何故決まりとなったのか?
決まりを破る人が多いから、決まりとして存続している。でもこれにも色んな矛盾がある。
ここに普通と言う意味の無い言葉は通用しない。だから普通と言う言葉は俺はつかわない。

人と違う事が人間としての成長にも繋がるし、自立と言う生き物の基本にも繋がる。
違う事を恐れることが、自分の人生での苦しみと成る。違うという事が、人としての誇りとなる。
違う事を恐れないでください。これを読んで共鳴した人は、もう人と違うようになっていると思うから。。 by N
 

「第五の山」を読んで

 投稿者:sin  投稿日:2011年 5月20日(金)10時19分17秒
  パウロ・コエーリョの「第五の山」を読んだ。「すべての人生にはさけられない出来事がある。」がテーマの本である。
「ピエドラ川のほとりで私は泣いた」「星の巡礼」「アルケミスト」とパウロ・コエーリョの本は過去に読んでいた。
「第五の山」はずっと前に買ってあった本だが、本棚に置いていて時間が経っていた。
それを手にした時、今の日本の状況とよく似た話だと感じた。人々は常にどの時代であっても変化の中を生きている。
この本の時代は、古代イスラエルの話である。侵略、天候不順、支配者の思惑、それぞれの中で人は生き続ける。
主人公は小さい時から神の声を聞く子供であったが、それが嫌で指物師として生きていっていた。
普通の人の生き方を望んで生きて行ったが、神はこの子に「道」をたずさえた。その苦悩は本人しかわからない。
苦しみの中で大事な人の死と完璧に破壊された町、その中から人々と新たに再生して行く。
今の東北地方の人たちとオーバーラップしている。そして権力者たちはそ知らぬ顔でいがみ合っている。

人はなぜいがみ合い、そして協力して行くのだろうか? 神の声はそれを問いかけている。
そして人はやはり強いものだと感じた。自分自身の中にもそれはあるのだろう。
でもそれを認識するのには究極の苦難が必要なのだろうか? そして人は何故人として生まれてきたのだろう・・・
 

「神との対話」風に書いてみた。

 投稿者:sin  投稿日:2011年 4月14日(木)15時40分23秒
  Q.見える物に囚われる人と見えない物に囚われる人の違いは何?
 身体は見えても命は見えない。雪は見えても風は見えない。この違いは何?

A.全ては同じもの。有るという事は全てにおいて存在するという事だから。
 ミクロの世界でも果てがなければ、マクロの世界でも果てはない。
 人の目の見える範囲は限られている。その中で見えない物を見る時には意識で見るしかない。
 これはどの生き物に対しても同じ事で、全てを見る為には心も目も感覚も使わないと真実は見えない。
 見えない物が有るのではなく、目だけでは見えない物が有るという事。
 風、電波、光、魂、宇宙の先、未来、神、そして自分の心。この全てが見える?
 見えなくてもちゃんと存在する事は、貴方自身が一番知っているんじゃない?
 そして貴方は今、誰と会話しているのか?

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Q.人は自分の価値観で物事を見る。そして、その価値観に縛られ苦しめられる。
 その価値観は自意識のマイナス面を求める事が多く、それが叶えられたとしても幸せには程遠い。
 現生での近視的価値観で本当の幸せを得るのは難しい。どうしたら答えを得る事が出来るか?


A.何故そう考えるのか?何故その価値観が苦しみと成るのか?その価値観を得たのは貴方自身ではなかろうか?
 そこに何が含まれているのかは貴方自身が一番知っている事だろね。
 選択は常に自由だからね。幸せに程遠いなら、選択を変える事で違う世界を描く事が出来るでしょ?
 価値観は霧と同じで実態がない。ない物を追いかけるから道を見誤るだけ。
 これを知っただけで本質までの道は開いたと同じ。だから貴方はこれからは道を誤る事はない。
 道は見えましたか?貴方は気付く前からそれは存在していたんだよ。
 ただ自分が見えていなかっただけで、自分が選択していなかっただけ。
 貴方の価値観が自分に幸せに程遠いのなら、価値観を違う目線で検証したら本質が見える。
 貴方には選択する自由意思ははじめから備わっているからね。よく見たらいい、本当の目で。。。。
 

混沌から得る知恵 1

 投稿者:sin  投稿日:2011年 4月 1日(金)10時31分37秒
編集済
  戦後60年過ぎて、再び日本の基本的な社会が崩壊の兆しを見せはじめた。
東日本大震災による日本の国民と政治全般に対し、「試練の始まり」と言う様相を見せ始めてきている。
震災後3週間たって、今だ原発は制御不能状態にあり被災者の避難生活は改善の様相を見せない。
時間だけが無常に過ぎ去り、日本人の心の中は日々重い物が沈滞していっている。
以前自分のHPでは、どこかで巨大な恐怖が来る事を予感して暗いイメージのスターとページにしていた。
そしてそれが今現実となった。今までの日本の当然と思っていた事が、一瞬の間に崩壊していった。

永久に続く平和と安全、無尽蔵な電気エネルギー、有り余る食料、労働なき生活の補助政策
何処にでも行ける交通網、膨大な情報、ハイテクの生活機器、国民総学歴、年金制度、そして自由・・・

数え上げたら切りのないほど、日本では社会の恩恵を受けている自分達がいる。
世界には貧困もあり、戦乱もあり、人種格差もあり、過酷な毎日を送っている人達もいる。
日本人が受けた巨大な自然災害は、今一度自分達の生活の根本を考える機会となった。
自分がまだ子供の時は、親は物の大事さを教え、無駄を廃し、我慢を教えていた。
無駄な電気の使用を戒め、食の事を戒め、子供でもやる事を教え、忍耐を教えていた。
それが時代の流れと共におざなりにされ、今に至っている。今の若年層ではこの意識はないと思う。
でもそれが、今の事態を引き起こしているのではないのだろうか?

政府も「豊かな生活を創る」という金看板を下げて、今日まで政策を推進してきた。
原発もその中の一つだった。膨大な電力を作り上げる事が文明社会と思ってきた国民意識もある。
都市部の多重になった高速道路建設も、高層ビル群の建設も、無数の車の社会も文明と思っている。
その全てが自然災害の前では、一切の機能はしない事を目の当たりにした。
被災地の道路は寸断され、それによって食料は届かず、支援物資はセンターにとどこうっている。
インフラ自体の損壊で人々は生きる事さえままならない様になって来た。
便利と言う事を追求しか結果が、災害時ではより以上の不便さを作り上げた事になる。

今日本は、新たな社会構築を目指す時が来たと思う。いくつかを羅列してみる。

* 都市部への一極集中を分散し、報道の偏りをなくする。
* 災害時における物資移動において、各自治体に輸送ヘリコプターを常備する。
* 災害や戦乱等による避難場所の為に、頑強な岩盤内に地下シェルターを作る。
* 災害や有事に対してのエキスパートによる専門機関を作り、指揮権を持たせる。
* 災害有事法を作り有事の時は即時管轄移行をして、政府はその補佐に回る。
* 国民はどの県でも災害地同等の生活を営み、災害復旧に協力する。
* エネルギーの使用規制し、エネルギー使用の最優先される場所に割り当てる。
* 報道の輪番制を作り、正確な報道を国民に伝える。

災害の起きた時の緊急事項として、即刻発動するシステムを作る事が望ましい。

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混沌から得る知恵 2に続く
 

戦争の足音

 投稿者:sin  投稿日:2011年 3月18日(金)15時42分24秒
編集済
  2011年3月18日 12:30

国連安保理は17日、リビアのカダフィ政権に対する軍事力行使を事実上容認する決議を採択した。
決議は、イギリス・フランス・アメリカなど10か国が賛成して採択された。

決議の柱は、カダフィ政権による空爆から市民を守るため、リビア上空に飛行禁止区域を設定するというもの。
これを実施する為に「必要なあらゆる手段をとる」としており、事実上、国連加盟国によるカダフィ政権への軍事力行使を認める内容。
反政府勢力に対する攻撃をエスカレートさせているカダフィ政権に対してイギリスやフランスなどは空爆も辞さない構えで、リビア情勢は一気に緊迫しそうだ。

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日本は地震で甚大な被害を受けているのに、世界では大きな人災が絶え間なく起きている。
戦争への足音は、常に私達「弱者」を痛めつける。何が正しくて、何が間違いなのか。
醜い争いはもう結構だ。
 

日本の政治的大事件と尖閣諸島問題

 投稿者:sin  投稿日:2010年11月12日(金)17時17分35秒
  二・二六事件

「昭和維新」と言いながら、実は陸軍の派閥抗争だったから
陸軍首脳の態度が天皇の激怒でがらっと変わったから
陸軍首脳が事件の責任を右翼民間人に押し付けようとしたから
事件を利用して、陸軍(統制派)が逆に勢力を伸ばしたから

大日本帝国陸軍内の派閥の一つである皇道派の影響を受けた一部青年将校ら(20歳代の隊付の大尉から少尉が中心)は、
かねてから「昭和維新・尊皇討奸」をスローガンに、武力を以て元老重臣を殺害すれば天皇親政が実現し、
彼らが政治腐敗と考える政財界の様々な現象や、農村の困窮が収束すると考えていた。
彼らはこの考えの下1936年(昭和11年)2月26日未明に決起し、近衛歩兵第3連隊、歩兵第1連隊、歩兵第3連隊、
および野戦重砲兵第7連隊らの部隊を指揮して下記の政府要人の殺害を図り、斎藤内大臣、高橋蔵相、及び渡辺教育総監を殺害。
また岡田総理も殺害と発表された(誤認)。その上で彼らは軍首脳を経由して昭和天皇に昭和維新を訴えた。
しかし軍と政府は、彼らを「叛乱軍」として武力鎮圧を決意し包囲して投降を呼びかけた。
反乱将校たちは下士官・兵を原隊に復帰させ、一部は自決したが大半の将校は投降して法廷闘争を図った。

岡田啓介(内閣総理大臣)鈴木貫太郎(侍従長)
斎藤実(内大臣)高橋是清(大蔵大臣)渡辺錠太郎(陸軍教育総監)牧野伸顕(前内大臣)




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五・一五事件

犬養首相暗殺 → 政党政治の終焉
でも・・・犯人たちに国民の共感 (100万を超える減刑嘆願書)

当時は1929年(昭和4年)の世界恐慌に端を発した大不況、企業倒産が相次ぎ、社会不安が増していた。
1931年(昭和6年)には関東軍の一部が満州事変を引き起こしたが、政府はこれを収拾できず、かえって引きずられる形だった。
犬養政権は金輸出再禁止などの不況対策を行うことを公約に1932年(昭和7年)2月の総選挙で大勝をおさめたが、
一方で満州事変を黙認し、陸軍との関係も悪くなかった。
しかし1930年(昭和5年)ロンドン海軍軍縮条約を締結した前総理若槻禮次郎に対し不満を持っていた海軍将校は、若槻襲撃の機会を狙っていた。
ところが、立憲民政党(民政党)は大敗、若槻内閣は退陣を余儀なくされた。これで事なきを得たかに思われたがそうではなかった。
計画の中心人物だった藤井斉が「後を頼む」と遺言を残して中国で戦死し、この遺言を知った仲間が事件を起こすことになる。
本来ならば標的でなかった犬養が殺されることになったといえる。


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過去の日本の政治の混沌期に日本の青年将校達は、腐敗と裏切りの政府に対して毅然と牙をむけ変革に及んだ。
日本人としての誇りを持った今回の海上保安庁の一隊員の行動は、過去の日本の青年将校の意識と通じるものがある。
自分の利益ではなく日本国民の利益として、この隊員は世界に対し、危険を冒してまでも当然見るべき映像を公開した。
国を憂う気持ちの中で、幼い子供が家で待つ家庭を持ちながら、あえてこの事を世界に問うために行動にでた。
自分達が日本国民と言いながら、本当に日本のために何かをしたか?自分自身、明確にその答えは見つからない。
自分には勇気が無かったのだろう。でもこの人には勇気があった。だからこそ評価されるべきだと思う。
決して犯罪となる事が無いように心から祈りたい。そして日本にもちゃんと「愛国心」と言う意識は繋がれていたと思う。
東アジアにおける日本国の「大和魂」という言葉を久々に感じた。自分達の住むこの日本と言う国は唯一「大和民族の国」だ。
世界は民族は多々ある。その中でも、頭脳優秀で、礼儀正しく、節度を重んじる国民「日本人」。
これが私たち日本人の一番の誇りではなかろうか?でもその節度を越えた挑発には応じる事は無い。
映画「ラストサムライ」が、何故西欧諸国で認められたか?日本人の稀に見る礼節を評価したのではないのだろうか?

続く・・・・・
 

無能な政府と憂国

 投稿者:sin  投稿日:2010年11月12日(金)08時56分28秒
  「中国漁船衝突の映像流出をした海上保安官に対し、インターネットでその行動を英雄視する声があふれている。
世論調査では「保安官の行為は許される」との意見が8割以上。政府の弱腰外交への批判も沸騰する一方だ。
保安官の行為について「国家公務員としてあるまじき行為」との批判もあるが擁護派が圧倒的に多い。
中には「義士を守れ」と世間が保安官に同情的な一方で批判の矛先は政府に向かっている。
「尖閣ビデオ流出について」との質問でも「許される」が70・87%、「やや許される」が10・81%で圧倒的。
全国の首長からも政府への不満は出ている。沖縄県の仲井真弘多知事は 「情報管理がずさん」と批判。
神奈川県の松沢成文知事は「初期段階に公表していけば、今回の問題は起きなかった」と指摘。」
メディアからの抜粋

ここ数日のメディアでの民主党政府による対中政策は、余りにもお粗末で聞いていても腹立たしい。

民主党は日本の国防をなんと考えているのか?国際的に見ても領海侵犯は拿捕されて拘留されるのが定則。
韓国は年間500隻ほど、領海侵犯した中国の漁船を拿捕しているという。拿捕する時には迷わず銃撃もする。
「中国の漁船だから何をするか判らない」との対処である。
なら日本はどうか?有事の際にも何も対処できない「不戦闘規制」でガンジガラメにしている。
海上保安官は自衛隊ではなく海の警察であって、国の為に命を捨てると言う定義はない。
警護船にロケット弾を打ち込まれても、海上保安官は何も出来ない状態で必死に国防に当たっている。
だからこそ今回の尖閣ビデオ流出についても、彼は自己責任の上で国民の目の前に公開した。
「日本国の国民」のという既存の概念の中で、彼は国民の知るべき事実をあえて公表した。
彼の行為には、最大限の評価を送りたい。

それに対し管政権はどうしたか?
政府は国際的にも不法行為をした中国人を、即時釈放して無罪放免。
国民の知る権利を自分の責任においてネットに公表した海上保安官を処罰しようとしている。
このビデオは4時間近くあるそうで、その中の40分だけしか国民は知らされない。
隠されたビデオの中には、中国人の本質が如実に現れている場面があるという。
その為に「国家機密」と言って国民にビデオを見せようとしなかった。
政府は中国との諸問題の交渉にこのビデオを使うといっていたが、管政権では使い方も知らないだろう。

国民の代表たる国会議員は特権階級だとも思っているのか?
海保もアメリカも自衛隊も敵に回して、国を守る事が出来ると思っているのだろうか?
これが私達の選んだ政府なのだろうか?国民を馬鹿にするのもいい加減にしないと。
民主党に政権担当の力がなかった事を、今まざまざと見せ付けられている。
国難と言う今の時期に、政権担当できる政党はいない。
今こそ政党を超えた超党派で内閣を作る事が最優先となり、それが出来なければ衆議院解散しかない。

日本人も、「憂国」と言う言葉をしっかりと考える時代が来たように思う。
 

尖閣諸島海事事件 その後

 投稿者:sin  投稿日:2010年 9月29日(水)17時19分32秒
編集済
  最近になって中国の日本攻撃の言葉のトーンが、少し落ちてきたように思う。

* 日本の世論が衝突時のビデオ公開に踏み切る事を示唆した事によって、事実が表面に出る可能性が出てきた。
* 中国の国内での貧富の差が大きくなり、共産党単独での政権維持に暗雲が漂っている。
* アメリカとの安全保障条約の中に尖閣列島も含まれるとアメリカは明言した。
* 日本政府の対応が逮捕して釈放までとは、日本国民の反中意識で様相が変わってきた。

色んな要素で中国が譲歩しないといけない状況になって来ているのが現実のようだ。。
アセアン首脳会議も日本は始めは出席しないと言っていたが、中国に一方的な主張させる事はさせないと出席をきめた。
中国には「上げた手は絶対に下ろさない」と言う言葉がある。でもその結果で起こりえる事は絶対免れない。
日本が再軍備をして東シナ海での領土保全に進出してくると中国は都合が悪くなる。
南シナ海での強引な領土拡大に対して、アセアン諸国はずっと前から中国を非難している。
「日本に負けた!」と言う事が、中国国内の極右勢力を増幅させる事になる。
でも中国政府は日本の後ろに見えるアメリカの軍事力が脅威となっているから、日本を追い詰められない。
経済的にはアメリカと仲良くしているが、軍事的にはアメリカの軍事力の影を気にしている。
アメリカにしたら日本は、中国とロシアの動向を見定める軍事的灯台みたいな場所で絶対に離す事は出来ない。
そこを中国に侵略される事はアメリカは断じて認める事はない。だから中国は自国の論理で日本の領土侵略は出来ない状態だ。
クリントン米国務長官は9月23日の前原外相との会談で「尖閣諸島は日米安保条約の適用範囲」と明確に述べた。

米軍による日本領土の防衛義務を定めた日米安保条約第5条が尖閣諸島に当てはまる事を意味する。

以上のような現実を前に、中国は次の手をどう打つか? それより先に日本がどうするか?
私は日本も軍備を持つ事を強く勧める。自衛隊の攻撃能力は中国より数段優れていると言う。
でも中国の人海戦術の前では、ベトナム戦争時のアメリカのようだ。兵の数では圧倒的に中国の方が多い。
核兵器を持つと言う選択肢もあるが、広範囲を破壊するような核兵器は必要なく、限定範囲の戦略核兵器だけを保持したらいい。
日本の科学技術で核兵器を作る事はさほど難しい事ではない。日本の先端技術では今すぐにでも可能だと思う。
それが駄目ならNATOへ与えている「アメリカの核」を、自国でも使える権利を日本にも譲渡する。
それだけでも、中国の日本に対する挑発は出来なくなるだろう。そして自衛隊を日本国軍に昇格する。
自国を守れない軍隊は必要なく、国防と言う名の元に「日本国軍」と言う正式な名称を与える。
これは国民投票で決定する事が対外的にも一番の有効手段だと思う。日本国民の主権だから何処の国も異議を唱えられない。
それにより日本の景気回復の道もできる。国家企業で軍需産業を立ち上げれば、現在の雇用の状況は一気に回復するだろう。
中国へのODA6300億円拠出を国内不景気を理由として臨時停止し、その中国向け予算を国内軍需産業創設に回す。
アメリカは以前から「日本国は自国で国防して欲しい」と、日本政府に通達している。
日本が軍備をしても、今はアメリカと衝突する原因は皆無だろう。
思いやり予算でグァムに基地を移す金を出すのなら、アメリカ基地の思いきった縮小と日本軍の基地を作ればいい。
世界が大きく動いている現在、日本は日本国民が守るのが一番の優先事項と思う。専守防衛は武器を持って自国防衛する。
江戸時代末期の大政奉還の時も、薩長に武器が有るからこそ聞く耳を持つ幕府があった。
武器は抑止力になる事は何処の国でも知っている周知の事実。今こそ日本も新しい時代に生きる為に最新兵器での軍備する事をせつに思う。

下のアドレスは「大紀元」と言うサイトで、中国共産党による規制の掛からない世界中にネットワークのある独立系の中国の真相報道です。
中国の国内事情とか、中国共産党のジレンマ等が多数掲載されています。

http://www.epochtimes.jp/

 

ぶざまな日本国政府の現実

 投稿者:sin  投稿日:2010年 9月25日(土)18時48分36秒
編集済
  夕べからのTV報道で尖閣諸島海事事件での、日本政府の対処の仕方が腹立って仕方が無い。
どのネットBBSを見ていても、民主党政治の失態を暴いている。
民主主義の基本である三権分立での司法介入した政府、このていたらくは何だ!!
恫喝に弱い日本としてアジア諸国で馬鹿にされる事さえ読む事が出来ず、臆病な日本人と烙印を押された。
中国人に媚を売って、その上いずれ日本固有の領土である尖閣諸島の検閲権まで中国に取られてしまう。
何でこんな日本になってしまったのか? 政治家とは何なんだろう?
毅然と中国に立ち向かう勇気が何処にも見受けられない。中国は南沙諸島では傍若無人で領土を拡大している。
漁場拡大、海底資源、航海路確保等を、武力行使など強引な占拠行動によって領土拡大している。
ベトナムとの領土紛争、台湾との統一問題、チベットへの人権抑圧、インドとの国境紛争・・・
中国は自国の周りの国と、常に紛争を継続している。そして今度は日本との領海争いを本格的に始めた。
海底資源を得る為なら国際規約とかは関係無しで唯我独尊、他の国の不利益などは我関せずという意識だ。

それに対応する日本政府の弱腰の腰砕けには、怒り以外に無い。
何故、毅然と出来ないのか? 何故、国際司法裁判に提訴しなかったのか?
最終的にはアメリカの言いなりに成り、船長を起訴猶予にして帰国させてしまった。
すぐに中国は謝罪と賠償責任を要求して来た。日本政府は、事がすんなり終わると思っていたのだろうか?
過去に日本のパテント侵害、毒入り餃子、贋物作りなどで何回も煮え湯を飲まされてきた日本。
何故、NO!と言えないのか? 何故、軍備を持つ事をしないのか?
日本の先端技術で最新鋭の兵器はすぐに作れる。スティルス戦闘機の防電波塗料は日本が開発した物だ。
核弾頭も弾道ミサイルもキラー衛星も原子力空母も、全て今の日本の技術で作る事が出来る。
そんな技術大国日本でありながら、何故ヤクザみたいな国に恫喝されなければいけないのか?
日本も再軍備する時期が来たのだと思う。いつまでも平和ボケしていて、女々しい政治家を出す時代は終わった。

日本民族の存亡が掛かる今回の事件を、日本の未来と真剣に考えなければいけない。
子供が自信を持って大和民族を誇りとし、安全に生きられる日本を作らないといけない。
三島由紀夫の「憂国」という言葉を、今こそ日本人は思い出さないといけない。
日本が中国に部分侵略されたら、その時日本の政府と国民はどうするか・・・
これは決して夢物語ではない、今そこの有る危機とも言えるだろう。

私は以前から色んな討論BBSでこの問題点を提起していた。日本が中国の属国となる事を断じて許されない。
大和民族は、決して漢民族と朝鮮民族とは融合できない事を肝に銘じることだ。
子孫の存亡は、今の日本の大人の意識にかかっている事をしっかりと一人一人が自覚する事だ。

自民党では出来ない。民主党では出来ない。なら「日本憂国党」なるものを作り上げるべきではないだろうか?
どこの国でも右翼系の政党は存在している。日本も三島由紀夫の思想をもっと大事にしているべきだったかも知れない。

田母神さん、櫻井良子さん、石原慎太郎知事、日本の魁となって下さい。。
 

尖閣諸島(釣魚島)周辺海域で日本の巡視船との衝突事件

 投稿者:sin  投稿日:2010年 9月25日(土)09時47分22秒
  「暴走する中国ネット世論 船長釈放で喝采、武力行使肯定も」
ここをクリック!

中国の掲示板には船長釈放が速報されると、数百件の書き込みが殺到した。

「日本は弱い者をいじめ強い者を恐れることを事実が証明した」
「歴史を見れば日本に対して取る道は一つしかない。大和民族を滅ぼせ!」
「英雄(船長)に敬意を表する! 打倒日本帝国主義」
「断固として日本に打撃を加えよ!」
「自分が中国の指導者ならば、とっくに派兵し日本列島を制圧している」

釈放で事態が収拾されるとは考えておらず、今後は日本政府に損害賠償と公式の謝罪を求めるよう主張。
国際法廷に日本の“違法拘禁”を訴えるなど、尖閣諸島の領有権をめぐり攻勢をかけることを求めている。
中国側が一方的に延期を決めた東シナ海のガス田「白樺」の共同開発交渉についても「弱腰」にならないよう要求。
武力行使を肯定する意見も少なくない。

一見ネット利用者に理性的な行動を求める書き込みも、
「まずは法、そして兵。法律の原理ではわれわれが必ず勝つ。そうする事で最後に軍事行動を取った場合でも、
 道義上も正義の軍となり、国際社会の同意と同情を得られる」と過激さがにじんでいる。


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日本人として屈辱的な文面が書かれている。
 

日本国への憂慮

 投稿者:sin  投稿日:2010年 9月25日(土)09時29分54秒
  日本人は臆病なのか!日本の政府はなぜ断固として中国に対して国権行使をしないのか?

「極右化するモンゴルの反中感情、強まる警戒感」
極右団体の規模はまだ数百人程度だが、モンゴルに来る外国人、主に中国人の違法行為に対する彼らの自警団的活動は、
モンゴル全体の支持を得る可能性がある。それこそ真の脅威だ」
ここ

同じアジアの民族として、大和民族はどうして弱腰で諂う民族に成ってしまったのだろう。
他民族は侵略してくる異民族に対しては、断固とした対抗処置を取る。
第二次大戦のヨーロッパでもレジスタンス活動が開放を導いた。日本人ほど祖国愛のない民族も珍しい。
自分達の住む日本、東アジアの小国だが技術大国として世界に存在している。
領海内の刑事事件は、当事国が裁判する事は国際法で認められいる当然の事実。
その国際法まで無視して自国の国益だけに走る中国政府への対処に、日本政府に対して憂慮を覚える。
経済が一番の問題と言って、諸問題をお座なりにしていた過去の政府、弱腰外交の現政府。
国益とは、一番の最優先は国民の利益。決して政治家の利益となる事はない。
なぜ今回のような決定が出されたのか?今後の政府の見解を国民は真剣に見据える事が肝要だと思う。
 

低下する意識 1

 投稿者:sin  投稿日:2010年 7月 1日(木)11時19分38秒
  日本のサッカー熱が昨日まで最高潮になっていた。今日は平静を取り戻しTVとかでも騒がしくない。
日本の健闘を賞賛する番組が多くなってきている。それはそれで結構な事だと思う。
何処の国でも愛国心と言う意識がそこの国民にはあると思う。日本ではどうか?
国内だけの見聞では中々愛国心というものは生まれないように思う。他国に行って初めて日本のよさが理解できる。
取りあえずの平和、暴力的事件の少なさ、極貧層の少なさ、その他において基本的には安全な国と言える。
単一民族国家の安定性と単一言語の利便性によるものと思う。元々謹勉なこの国の国民は忍耐強いといえる。
歴史的に見ても本当の侵略をされた事はないし、大和民族の大移動も無かった。
農耕民族であった大和民族が常々平穏な社会を求めてきた結果だろう。
大和民族の粘り強い意思が今の繁栄を築いてきたと思う。

でも昨今の国内の状況を見ていると、「奥ゆかしさ」と言う日本語が消え去ったように思う。
目の前の細事にとらわれ、大局的視点で物事を捕らえる事が出来なくなって来ている。
政治家のスキャンダルを好み、無責任な行動による事件性の出来事を面白おかしく議論する。
マスコミによる一種のマインドコントロールが横行し、あたかも真実のように物事を伝える。
一億総批判家になってしまって、肯定をする事を忘れたように思う。
マスコミの垂れ流しのゴシップが、全て真実だと思い込みそれ以上の思考は考えな。
一種の思考停止状態になっている。情報は勝手に向こうからやって来て、のべつまくなしに蓄積される。
精査する暇も無く次の情報が来る。最後には一番初めの情報と正反対の考え方になる。
民主党が政権をとる前は最高の政党と思っていた。だが時間と共に民主党は駄目な政党という事になってしまった。
マスコミの偏った情報で国民は洗脳されたと同じように成った。それに右往左往している民主党もしかり。
何処が真実で何処が欺瞞か?情報を精査するのにはそれなりの知識と思考回路がいる。
それが出来なければ、終戦前の「大本営発表」を真に受けていた国民となんら変わりない。
あれから60年以上も時間は流れている。でも国民の思考能力はだんだん低下している。

何故みんなは待たないのか? 私はいつもそれを思う。
すぐに結論を急ぎ、結果自分の意思と違う方向に行ってしまう。焦る事があまりに多く冷静にいる事が少ない。
民主党が政権をとった、だったらもっとゆっくり見守って行ったら良いのではないのか?
糾弾する事はしても、自分が政治に参加する事はない。支持政党の割合を見たら無支持が多すぎる。
私は取りあえずは民主党支持のほうだ。これからどれだけ日本の未来を創造してくれるか期待はしている。
細事に囚われる事無く、大道を見てゆきたい。そう思うことが日本人の「奥ゆかしさ」に繋がるのではないのか?
悪い所もある、でもいい所も沢山在る。両方が有るからこそ、夢も託せる。
まだまだ道半ばの民主党だからもっと温かい目で見守って行ったらどうかと私は思う。

政党は熟成されて良くもなれば悪くもなる。美味しいブランディーを飲むのにはゆっくり待つしかないのだから。
時々味見して、ゆっくり待っていたら芳香な味になる。その代わり、いい材料を選ぶのが基本中の基本。
薫り高い樽といい葡萄と温度管理できる場所。全てが揃わないと出来ないのは周知の事実。後は忍耐強く待つだけ。
待った結果、まずいブランディーは料理に使う、良いブランディーは飲んで楽しむ。どっち転んでも使い道はある。

だから私は人に言う。「民主党政権は3年待ったらいい。自民党が60年で作った物を一年そこそこで変えられないから。」
もっともっと「奥ゆかしさ」をもって、社会の色んな物事を温かい心で見て欲しい、そういつも思っている。

つづく・・・
 

愛の尺度

 投稿者:sin  投稿日:2010年 6月22日(火)14時25分2秒
  愛の尺度の話をした事がある。何を持って尺度とするのか?これは男と女では自ずから違う。
男の愛の中には色んな物が入っている。家族愛、夫婦愛、子供への愛、社会愛、自己愛等。
さまざまな要素の中に愛がある。この中に尺度を求めても要素が明確ではないから尺度は存在できない。
家族愛の尺度の基準はどこに在るのか? 家族の為に命を投げ出す事が家族愛か?
夫婦愛の尺度は子供に対する愛と同じレベルとなるかも知れない。
社会愛が自分が仕事をして家族を養い育ててゆく糧を与えてくれる。この尺度も基準はない。
自己愛、これが無かったら生きる事すら間々ならない。これが愛の中でも一番大きな存在に成っているのだろう。
私は男だから、これだけの愛が存在していると思う。まだまだ沢山の愛は存在するだろう。
どれをとっても尺度は存在しない。全てはその人自身の自己愛から派生するもので決して尺度では測れない。
と言う事は、何処にも基準と言うものがないと言う事に等しい。
愛は感じる物であって、決して尺度がある物ではない。私はそう思う。
 

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